「夜、霊が出るという公園に行ってみた。他人の声が急に聞こえてきて、頭が真っ白になり一目散にその場から逃げた。その後も、なんだか視線を感じる。誰かが自分の後をついてきている感じがする。その声は日中も聞こえ、誰かの視線は止まらず、後をつけられている感じが続く…。日中、電車に乗ったりショッピングモールに行ったりすると、「あいつは心霊スポットに行くような、モラルのないヤツだ。人として最低だ。」少しでも批難されないように、一刀修一刀削、行動を意識しないといけない。決して辞めてはいけない。そんな状況が続くと外出に疲れ、他人が怖くなり、家にいてどこか怖くなってくる。この間公園に心霊スポットに行ってしまったから、不法侵入として逮捕されるかもしれない。家にいるとパトカーのサイレンが聞こえる。今度は自分を捕まえに来たのかもしれない。もうこうなると、自首をしに交番に行かなくてはいけない。」 私が考えた例え話です。これが統合失調症の人の症状のひとつである、妄想や幻聴です。心霊スポットの公園に行ってから、日中に誰かの声が聞こえたり、視線を感じたり、後をつけられている現象は起こらないでしょう。また、動作一つ一つ、他人が自分の悪口を影で言っていることも考えにくいでしょう。まして公園に行っただけで逮捕される、なんてことはありません。 統合失調症は、100人に1人ほどかかる頻度の高い疾患です。さきほど例えた「幻覚」や「妄想」以外にも、思春期に、不安、感覚過敏、集中力の欠如等の症状が現れ始めることが多い疾患です。とくに「幻覚」や「妄想」は統合失調症特有の症状です。幻覚とは、実際にはない物が近くに存在しているように感じる症状です。統合失調症の幻聴はとてもはっきりと聞こえ、周囲が不気味に思えて強い不安を抱くときに聞こえてくることも多いようです。あまりにもはっきりとした声で命令や悪口が聞こえるため、本当の声と区別ができなくなり、幻聴に基づいて行動してしまうこともあります。 専門的に妄想とは、一次妄想と二次妄想に分けられます。 まず二次妄想は、患者の現在置かれている心理社会的状況を考えれば、無理のないことです。健常者にも出現します。 たとえば職場での人間関係に悩む人が持つ「同僚から避けられている」という被害的関係妄想、責任感が強まった人が持つ「お金がない。破産してしまう」というような貧困妄想、認知症が持つ「自分の持ち物を嫁に取られた」という盗害妄想といった具合です。精神疾患の場合、健常者と同じように働けないから、裏では文句を言われているかもしれない。他者からは、考えすぎかもしれないけど、そういう風に考えてしまうのは分からなくもない、というように捉えられるでしょう。 それに対して一次妄想は、真性妄想とも言われます。なぜそのような考えに至ったのか了解できないものであり「自分は神の生まれ変わりだ」と確信をもったりする妄想着想、ある近くにたいして唐突に特別な意味付けがなされる妄想近くという現象があります。 たとえば、「今、黒い猫が目の前を通過したのは、FBIが自分を追跡しているからである」と突然に確信するという具合です。このような一次妄想は、統合失調症に特有であり、知覚や認知など、高次機能の統合に混乱が生じます。これが「統合失調症」と呼ばれる所以なのかもしれません。その後、意欲が低下して引きこもることも多く、認知機能の障害も進行し、社会復帰を難しくします。 妄想が起こるメカニズムを知るためには、脳の機能を知ることが必要です。 大脳は脳の中でもっとも大きな部位で、左右半球からなります。左右の半球は脳梁と呼ばれる構造で連結されています。大脳の表面が大脳皮質と呼ばれ、約140億個もの神経細胞が大きさ、形、密度が厳密に制御されて配列されており、6層からなる構造から出来ています。 大脳の大脳皮質の前頭前野(ぜんとうぜんや)と呼ばれる場所が、統合失調症に大きく関係しています。 前頭前野は、額のすぐ後ろの脳の前の方にあります。感情・運動認知の制御に関わる大脳基底核、記憶を司る海馬、などがあります。言語、知能、学習、記憶、記憶判断、情感といった「ヒトらしい機能」の多くは前頭前野のはたらきによるものです。記憶や感情の制御、行動の抑制など、さまざまな高度な精神活動を司っている、脳の中の脳とも呼ばれている重要な場所です。 人の脳には1000億個の神経細胞が軸索を他の神経細胞に伸ばして繋がりあい、電気信号を流す神経回路をつくっています。脳には異なる機能を司る領域が最低でも1000カ所あると考えられています。それらの領域間を結ぶ配線のルートの数は、万の単位です。無限大数といってもおかしくない脳内の配線は、配線自身が必要・不必要に関係なく、自ら伸びてルートを構築しています。顔が一人ひとり異なるように、脳の神経回路の複雑な配線も微妙に1人ずつ異なっているはずです。なんらかの原因で配線が大きく変化する。もしくは配線相手を間違えると、精神疾患の症状があらわれると考えられています。 脳が情報を認知するとき、ボトムアップとトップダウンと呼ばれる情報の流通方向があります。目や耳などの末梢感覚器官でとらえた情報が脳へ入力され、処理される流れがボトムアップです。見たもの聞いたものを脳へ送る方向、とも言えます。 一方、前頭前野などでの体験や記憶によって見たものが、「たぶんこういうことが起こっているのだろう」と何かを予測したり、「これを見たい」といった関心をむけて、手足に運動の指示を出したりする情報の流れがトップダウンです。 統合失調症の患者が幻聴を聞いているときの脳活動を調べると、聴覚情報を認識する聴覚野が活動していることが分かりました。それは実際に人の声を聴いたときの聴覚野の活動と区別できないことを示していると同時に、患者は本当に誰かの声が聞こえているということです。それも、トップダウン情報が暴走することによるものです。言い換えると、「たぶんこうだろう」と予測する機能に不調が起き、目や耳から何かが見えたり聞こえたりといった情報が脳に入力されていると判断されている状態です。その原因が、神経回路の配線の変化にあると考えられています。 統合失調症の患者は、幻聴の症状があらわれるけれど、誰かに悪口を言われている、といった話し言葉の聴覚認識は、特に予測の影響が強いと考えられています。距離を把握するとき、近付いてくる音から把握するよりも、目で見て把握する方が正確に分かります。他の生物だと目が悪い分、耳が発達している種類もいますが、人間は視覚から情報に比べて、聴覚から情報を掴むことが苦手な特徴があります。「たぶんこういっているのだろう」と認識する方のトップダウン情報で、「実際に聞いている」情報をボトムアップの少ない情報量を補って認識する必要があります。そのため、今までの経験や記憶によって予測しなければいけません。これが幻聴を起こしやすい原因とされています。 統合失調症の発症に関係する遺伝子は脳の神経細胞の変化を起こします。 神経細胞の情報伝達に関わるスパインという部分が、発症していない人と比較して減少していることが分かりました。スパインが減少すると、残っているスパインだけがはたらいてしまいます。脳の大事な部分ははたらかず、そこまで重要でない部分は強く働いてしまいます。これがトップダウンやボトムアップ情報を混乱させて妄想や幻聴を引き起こします。 精神疾患では、診断名は同じでも発症メカニズムが違う可能性が少なからずあります。同じ診断名でも患者ごとに発症に関わるゲノム変異が異なっていることに起因します。その背景として、精神疾患は脳の疾患であり、身体のほかの臓器に比べて脳は特に複雑で、脳の形成や機能維持に重要な遺伝子が多数あるからだとされています。遺伝子に影響を受けやすい遺伝子のうち、統合失調症を含む精神疾患もそのうちのどれかに異変が起こると、発症のリスクが高まってしまいます。しかし統合失調症に関係する遺伝子といっても、発症のリスクにつながるものは1種類だけではありません。数ある遺伝子の中でも、DISK1やSETDIAという名の遺伝子は特に発症に強い影響を持っていて、この遺伝子がはたらかない場合、ほぼ確実に発症するとされています。 さらに統合失調症の発症に関わる遺伝子の変化は、自閉症スペクトラムや注意欠如・多動症、知的能力障害といった発達障害にも関連することが分かってきました。 研究者によると、胎児期や新生児期の脳が発達する過程における神経回路の微細な変化も、統合失調症や自閉スペクトラム症の発症のリスクにもなるという仮説があります。 そもそも脳内にある数百万の配線は、遺伝子の命令で作られていきます。お母さんのお腹の中や生まれてすぐの時期は、脳内の神経の配線はまだ構築中で完成してません。 この時期の脳の配線は非常に感受性が強く、少しの酸素不足や栄養不足でも、大きな影響を受けることが知られています。たとえば虚血性や炎症性の脳性マヒがそれにあたります。この場合には脳の錐体路と呼ばれる、運動機能を司る神経回路形成が障害されるため、思い通りにトップダウン情報が手足など、対象の筋肉に伝達されなかったり、対象の筋肉の近く情報が間違った脳部分に伝達されたりしてしまいます。脳性麻痺では手足の麻痺や身体の硬さ、手足が常にバラバラに動くなどの症状があらわれます。 このように未成熟の脳は、細菌やウイルス感染などによる炎症にも非常に弱い状態です。 というもの、脳を発達させる物質や神経回路を形成させる脳内分子は、この炎症を媒介する免疫のメカニズムと共通の部分があるからです。つまり自身を守るための炎症で、正常な回路を設計する命令が混乱してしまうのです。 炎症の起きた時期、種類、強さの違いにより、影響される脳神経回路が異なります。こうして統合失調症や自閉スペクトラム症、知的遅延、脳性まひなど脳疾患の差が生まれると考えられます。 炎症シグナルの一つである上皮成長因子と呼ばれる分子(サイトカイン)をうまれたばかりのラットに投与したところ、ドーパミンで信号を伝える神経回路の配線の一部に間違いがあり、本来の場所に結合(神経終末、シナプス)を作っていることが分かりました。また何も音がしないにも関わらず、幻聴が聞こえているような脳活動のパターンを示しました。そのラットの生後の脳を調べると、大脳皮質の回路配線にも間違いがあった。だから思春期に最も活動が高まるドーパミンを作る神経から間違った場所にドーパミンが放出されることで、統合失調症に関連するいろいろな症状「通常とは異なる脳活動」が顕在化されするものと推定される。 このモデル動物の神経回路の一部は、他とは異なっていました。統合失調症の患者の多くが、他人の言葉を聞いて理解する聴覚野と、言葉を発する指令を出す前頭葉を結ぶ弓状束という太い配線の数が少ないという報告があります。聴覚野は「ウェルニッケ野」とも呼ばれます。言葉を司る前頭葉の一部は「ブローカー野」とも呼ばれます。普通は耳からウェルニッケ野へのボトムアップ情報と、前頭葉からのトップダウン情報に弓状束を介して共有しながら、私たちは他人の言葉を理解します。 統合失調症の患者の一部では、弓状束の変化により前頭葉に存在するブローカー野(運動中枢)と、側頭葉のウェルニッケ野(聴覚言語中枢)の情報共有がうまくできず、ウェルニッケ野が勝手に活動して幻聴が起きている可能性があります。 統合失調症の患者の一部にはひとりごとを発する方がいる。(本人は聞こえる幻聴の相手に返答しているだけかもしれないけれど。)この場合、自分の発する広地事(運動)からのトップダウン情報が聴覚認知に暗影されづらいため、自分の運動(独語)によるにもかかわらず、自分のひとりごとを他人からの音声だと認識している可能性も考えられます。 ASDに関係する脳部位として、注目されているのが大脳皮質の島皮質。ここには社会性に関わる神経細胞があります。島皮質は、味覚や嗅覚、触覚などが集まり統合される、感覚統合の中枢。また、内臓の体内部や他者への共感、情動(感情)にも関係しています。島皮質は、相手に関する感覚情報を統合して、過去の記憶や感情などと照らし合わせて、相手に近づいたり避けたりする社会性に重要な働きをしていると指摘されています。 実はその島皮質の構造の機能が、ASDや統合失調症の患者の脳では変化されていることが報告されています。それにより胎児の既日リズムに異常が起こる可能性があります。すると赤ちゃんに睡眠障害が起きて、発達期の脳の神経回路やシナプスに変化してASDを発症するという「生物リズム病」仮説があります。 統合失調症は思春期から青年期に発症する。そのころ大脳皮質が成熟して脳が完成する。その大脳皮質の成熟過程の障害が統合失調症の原因だと考えられます。 精神疾患は見えない病気です。胃痛なら胃酸が過剰に分泌されて、胃粘膜が少なくなり、顕微鏡で胃があれていることが分かります。原因は前日の食事や自律神経の乱れ、または病気が考えられます。花粉症なら花粉に対して免疫が過剰に反応して、鼻水が出たり目が痒くなったりします。しかし精神疾患、とくに統合失調症は、遺伝子のDNA配列が異なり、胎児期新生児期の環境、生育環境、またはストレス。どれか一つが原因だったりすれば、全てが発症原因だったり、この中のいくつかが原因だったりします。また統合失調症をはじめとした精神疾患は、じわじわと幻覚や妄想が現れたり、疲れているだけかもしれない倦怠感があったりと、自覚しにくい症状ばかりです。そのため「熱があるから病院に行こう」といった分かりやすい目印がないので、自ら病院に行く頃には日常生活が困難になっている、なんてケースも少なくありません。うつ病だと思っていたけど本当は統合失調症だった、幻覚がない統合失調症もあるので気付くまで10年以上かかることもあります。 前頭葉に働く神経に使われる「ドーパミン」というホルモンがあります。その機能を遮断する薬が開発されて、統合失調症の患者に使われています。トップダウン情報を止めることで、幻聴などの症状に効果があります。 こういった統合失調症の研究が進み、世間の理解が深まることで、発症のサインに気付きやすくなったり確実な治療ができるようになったりするでしょう。こうして統合失調症で苦しむ人が減る未来が来ることを願っています。
はなぶさ治療院
住所:栃木県足利市八幡町2-7-14
電話番号:0284-73-6332
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